林家墓所

林家は林羅山を開祖とする江戸幕府における学問を司っていった家系である。林羅山は儒学者という立場で20代の若さで徳川家康のブレーンとなり、江戸幕府初期の制度作りに多大な影響を及ぼした人物である。江戸幕府における精神的支柱を儒学、とりわけ朱子学中心に据えたのは正しく羅山といっても過言ではない。林家は羅山の子息の鵞峰、孫の鳳岡と、江戸幕府における政治、学問の中枢を担っていき、鳳岡のときには大学頭(だいがくのかみ)に任じられる。これは今日でいえば東大の学長と文部科学大臣を兼務したような権限だったであろう。林家は鳳岡以降、大学頭を世襲していくことになる。今日の東京大学の前身は、昌平坂学問所であるのだが、この昌平坂学問所はもともと林家の家塾であった。このようなことを考えてもいかに林家が、近世の学界に深い影響を与えて来たのかを窺い知ることができよう。なお、この市谷山伏町にある当墓所は儒葬式の埋葬様式も見られ、大変貴重な歴史的資料であるとして国の史跡に指定されている。基本的に一般公開はされていないので、隙間から覗くしかない。だが、どうも11月の一時期に公開されるようなので、いつか公開のタイミングを見計らって中の様子もアップしたいと思っている。