【採用判断の自由(三菱樹脂事件)】 〜最高裁大法廷判決S48/12/12〜
事実の経緯
Xは大学卒業と同時にY社に採用されたが、3カ月の使用期間が満了する直前にY社より本採用拒否の告知を受けた。その理由は、Xが大学在学中に学生運動に従事した事実を信条書に記載せず、面接の際にの秘匿したことが経歴の詐称にあたり、管理職要員としての適格性に欠けるというものであった。Xは労働契約に基づく権利確認を求めた。
判決の骨子
企業は、経済活動の一環として行う契約締結の自由があり、自己の営業のためにどのような者を雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則自由である。企業が特定の思想、信条を有する者をそのことを理由に雇入れを拒んでも、違法とは言えない。また、労基法第3条では、労働者の心情によって賃金その他の労働条件につき差別をすることを禁止しているが、これは、雇入れ後における労働条件についての制限であり、雇入れそのものを制約する規定ではない。企業が労働者の性向、思想等の調査を行うことは、我が国のようにいわゆる終身雇用制が行われてきた社会では一層必要であることを考慮すれば、企業活動としての合理性を欠くものということはできない。
ポイント解説
採用段階では、一定の法律での制約を除けば、原則として企業の判断自由ということが確認できる。また、試用期間における本採用拒否の要件は、採用当初は知ることが出来ない事実が判明し、その事実をもって企業に引き続き雇用することが適当でないと判断することに客観的合理性が認められるときに成り立つという図式も見て取ることができる。
【採用内定の取消し(大日本印刷事件)】 〜最高裁第二小法廷判決S54/7/20〜
事実の経緯
XはY社の入社試験を受け、結果文書で採用内定の通知を受けた。Xの在籍大学が求人募集に対する学生の推薦に関し先決優先主義を徹底していたため、Xは内定通知を受けた後、大学の推薦で応募していた他社応募を辞退していた。入社予定日の2か月前にY社より採用内定取り消しの通知がXのところに届き、その理由は記されていなかった。」Xは、Y社の採用内定取り消しは合理的理由を欠き無効であると主張、従業員の地位確認を訴えを提起した。
判決の骨子
採用内定の取り消しは、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であり、これを理由として採用内定を取り消すことが客観的に合理的と認められる社会通念上相当として是認することができるものに限る。しかるに、本件では、「Xはグルーミー(陰気)な印象であるので当初から不適格と思われたが、それを打ち消す材料が出るかもしれないという理由で採用内定としておいたところ、そのような材料が出なかったから内定を取り消す」というが、グルーミーな印象であることは当初から判っていたことであるから、Y社としては、不適格と思いながら採用を内定し、その後その不適格性を打ち消す材料が出ないので取り消すということは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができず、解約権の濫用である。よって、採用内定取り消しは無効である。
ポイント解説
採用内定は、就労始期付解約権留保付労働契約というのが法的意味合いとなるが、この留保された解約権を行使するためには、内定当時不知となっていた事実があり、その事実をもって取り消しが合理的と判断できる状況であることを要する。
【労基法24条全額払い原則と合意相殺(日新製鋼事件)】〜最高裁第二小法廷判決 H2/11/26〜
事実の経緯
ZはY社に在籍中、Y社および複数の金融機関から多額の住宅資金を借り入れをしていた。
Zは更に財産状況を悪化させていき、Y社に対して退職を申し出て、退職金等によりその借入金残債務の返済手続を依頼していた。これを受けY社は、Zの退職金および給与から借入金を控除した額をZの口座に振り込み、その事務処理上の必要性から領収証等の署名をZに求めたが、Zはこれに異議なく応じた。
Zの破産管財人であるXはY社がしたZの退職金等による債務弁済は労働基準法24条1項の全額払いの原則に反すると主張し、退職金等の全額支払い請求の訴えを提起した。
判決の骨子
賃金全額払いの原則の主旨は、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとするものであるが、労働者がその自由意思に基づき相殺に同意した場合においては、その同意が労働者の自由意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在すれば、24条1項に違反するものとはいえないと解する。
本件は、Zが、Y社担当者に対して借入金の残債務を退職金等で返済する手続きをとってくれるように自発的に依頼しており、清算処理手続きが終了した後においてもY社の担当者の求めに異議なく応じていることなどから、本件相殺におけるZの同意は、その自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在していたというべきである。
ポイント解説
労働者の賃金債権の放棄や合意による相殺は、労働者の自由な意思に基づくものであると認められる合理的な理由が客観的に存在していたと言える場合には許される旨の確認がされた。
【私傷病と賃金請求権(片山組事件)】 〜最高裁第一小法廷判決 H10/4/9 〜
事実の経緯
Xはバセドウ病に罹り、通院治療を受けながら、Y社の従業員として現場監督業務を続けていた。その後新たな現場監督業務を命じられた際に、Y社に対して病気により従事できない旨を伝えたところ、Y社は病気治療に専念する命令を発した。Xは、事務作業なら行えるという内容の主治医診断書を提出したが、Y社は、現場監督に従事できる記載が診断書にないことを理由に、自宅治療命令を継続させた。Xはその後現場監督に復帰したが、自宅療養期間の賃金と減額された賞与についての支給を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
Xは21年以上にわたり現場監督業務に従事してきたが、労働契約上その職種や業務内容が現場監督に限定されていたとは認定されていないし、Xが労働契約に従って労務の提供をしていなかったと断定することは出来ないので、Xが配置される現実的可能性のある業務が他にあったかどうかを再検討すべきである。これに関して、Xには遂行可能な事務作業がありこれに配置する現実的可能性があったとして、賃金請求権は認められた。
関連解説
労務提供は労働契約の内容に従って誠実に履行しなければ賃金請求権は生じないということが大原則。
労働契約において職種や業務内容が特定されていない場合、病気や障害などによりそれまでの業務を完全に遂行できないときは、労働者の能力、経験、地位、企業規模、業種、労働者の配置・異動の実情や難易度等に照らして、その労働者を配置する現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供ができ、かつその申し出をしている場合、労務の提供があったものとみなし、これを受領しなかった使用者に対する賃金請求権は喪失しないという旨、当判例にて確認された。
【賞与の支給日在籍者条項(大和銀行事件)】〜最高裁第一小法廷判決 S57/10/7〜
事実の経緯
Y銀行では従来より賞与はその支給日に在籍する者に対してのみ支給するという慣行が存在しており、これを踏まえて労働組合に申し入れの上、昭和54年5月1日より就業規則条項を「賞与は決算期ごとの業績により支給日に在籍している者に対して各決算期につき1回支給する」と改定をした。そして、改定前の4月下旬に改定後の就業規則を全従業員に配布した。Y銀行の行員であるXは、同年5月31日に退職し、賞与支給日である6月15日および12月10日にはY銀行に在籍していなかったため、賞与支払いを受けることができず、その支払いを求めて訴えを提起した。
判決の骨子
Y銀行においては、本件就業規則の改定前から年2回の決算期の中間時点を支給日と定めて当該支給日に在籍している者に対してのみ右決算期間を対象とする賞与が支給されるという慣行が存在し、就業規則の改定は単にY銀行の従業員組合の要請によって右慣行を明文化したにとどまるものであって、その内容においても合理性を有するというのであり、右事実関係のもとにおいては、XはY銀行を退職したのちである昭和54年6月15日および同年12月10日を支給日とする各賞与については、受給権を有しないとした原審の判断は、結局正当として是認することができる。
ポイント解説
通常の月例賃金は、支給対象期間に就労していれば支給日には在籍せずともその請求が可となるわけだが、賞与については将来的勤労の奨励・促進の意を含め、支給対象期間の就労事実以外の要素を加味して支給が決定される。こうしたことから、支給日不在籍の場合、就業規則に合理的規定があれば、賞与を不支給にできるということがこの判例で明らかになった
【労働時間の定義(三菱重工業長崎造船所事件)】 〜最高裁第一小法廷判決 H12/3/9〜
事実の経緯
Y社は、就業規則にて1日の所定労働時間を8時間と定め、作業服更衣、保護具装着等を始業時刻開始前および終業時刻終了後に、さらに資材等の受け出しおよび月数回の散水を休憩時間中に行うよう定められており、これにより勤怠の判断がされていた。
当該事業所で働くXらは、所定労働時間以外に行うこととされたこれらの各行為に要した時間は労働基準法における労働時間であるとして、Y社に対して割増賃金を請求する訴えを提起した。
判決の骨子
労基法上の労働時間は、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定めるものであり、労働契約、就業規則、労働協約等の定めの如何により決定されるべきものでない。
労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、またはこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、それに要した時間は労働時間に該当する。
以上を踏まえると、Xらの作業服更衣あるいは資材受出し等の更衣はY社の指揮命令下に置かれたものと評価することができる
ポイント解説
労働時間性については、「使用者の指揮命令下に置かれている」という状態にあるか否かが判断の核になるという点を明確にした。
【時間外労働の義務について(日立製作所事件)】〜最高裁第一小法廷 H3/11/28 〜
事実の経緯
Xは、Y社工場に勤務していたが、上司より製品の良品率低下の原因究明と手抜き作業のやり直しのため残業を命じられたがこれを拒否したので、Y社は出勤停止の懲戒処分に付した。
Xについては、その後も残業命令に従う義務は無いとして、命令を拒否し続けたので、Y社は過去4回の懲戒処分歴と合わせ、悔悟の見込みなしとしてXを懲戒解雇した。これを受けてXは懲戒解雇の無効を主張し訴えを提起した。
判決の骨子
労働基準法第36条に基づく協定(いわゆる36協定)を締結し、これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合において、使用者が当該事業場に適用される就業規則に当該36協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨を定めているときは、当該就業規則の規定内容が合理的なものである限り、それが具体的労働契約内容をなすから、就業規則の規定の適用を受ける労働者は、その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて労働をする義務を負うものと解する。
時間外の所定の事由のうち「業務の内容によりやむを得ない場合」等はやや包括的であるが、相当性を欠くまでは言えず、本件就業規則規定は、合理的なものというべきである。
ポイント解説
本判決にて、36協定に加えて、合理的内容となっている就業規則の一般的な規定を存在させることで、時間外労働を義務とすることが明確化された。
【労働時間管理の適用除外(株式会社ほるぷ事件)】 〜東京地裁判決 H9/8/1 〜
事実の経緯
Xは、書籍等の訪問販売を主たる業務とするY社の支店販売主任である。
Xは、支店長が常駐していないことから支店長会議に出席することもあり、支店内会議の資料作成等を行い、また朝礼時に支店長からの指示事項を伝えるなどもしていた。しかし、タイムカードにより、厳格な勤務時間管理を受けており、自己の勤務時間について自由裁量は有しなかった。また、支店長の営業方針を決定する権限や、具体的な支店の販売計画等に関して独自に支店課長に対して指揮命令を行う権限ももっていなかった。
XはY社に対して、時間外手当及び休日手当を請求。一方Y社は、Xは労基法41条2号に定める管理者に該当するため手当を支給する義務はないとして争いとなった。
判決の骨子
労基法41条2号にいう管理監督者とは、経営方針の決定に参画したり労務管理上の指揮権限を有する等、経営者と一体的な立場にあり、出退勤について厳格な規制を受けず、自己の勤務時間について自由裁量を有する立場にある者である。
こうした判断基準に照らし合わせれば、Xは経営者と一体的な立場にあったものとは認められず、管理・監督者には該当しない。
ポイント解説
上記判例の内容もそうであるが、労基法41条2号管理・監督者に該当するか否かの判断基準は行政通達でも次の3項目が挙げられている。1)企業経営に関する決定に関与し、指揮監督権限を付与されていること、2)出退勤等について厳格な管理をうけていないこと、3)役職手当等の支給や賞与についての優遇などにより管理・監督者の地位に相応しい待遇を受けていること。
【年次有給休暇の法的意味(林野庁白石営林署事件)】〜最高裁第二小法廷判決 S48/3/2〜
事実の経緯
Xは、翌日および翌々日の年次有給休暇を取得する旨を休暇簿に記載した。Xは両日にわたって、気仙沼営林署で行われたストライキの支援活動に参加したところ、Xの上司よりXの不就労をもって当該二日間を欠勤扱いとし、2日分の賃金を減額した。
これを不服としたXはY(国)を相手取って、未払い賃金の支払いを求めて訴えを提起した。
判決の骨子
労働基準法39条1項の要件である、「労働者が6カ月間継続勤務し全労働日の8割以上出勤したこと」が満たされている場合は、労働者は法律上、当然に所定日数の年次有給休暇取得権を得るので、会社は労働者に年休を与える義務がある。労働者がその有する休暇日数の範囲内で、具体的な休暇の始期と終期を特定(つまり時季指定)したときは、事業の正常な運営を妨げる場合などの客観的な理由により会社が時季変更権の行使をしない限り、労働者の時季指定によって年次有給休暇が成立し、労働者の働く義務はなくなる。
労働者がその所属事業場においてなされた一斉休暇闘争は、その実質は年次休暇の名を借りた同盟罷業に他ならないが、本件の場合、X所属の白石営林署におけるものではなく、(他の営林署である)気仙沼営林署におけるXの行動如何は、本件年次休暇の成否になんら影響するところは無いものというべきである。
ポイント解説
年休権は、労基法所定の客観的要件を満たすことにより発生するもので、あくまでも労働者の請求は時季の指定を意味するものにすぎず、権利発生要件としての「請求」あるいは使用者の「承認」という観念を入れる余地はなく、年金使途は労働者の自由である旨を確認した。
【年次有給休暇の時季変更(弘前電報電話局事件)】〜最高裁第二小法廷 S62/7/10 〜
事実の経緯
Xは、勤務先Y局に対して、日曜日の勤務について年次有給休暇の時季指定を行った。Y局の上司A課長は、Xが年次休暇を取得予定としている日に成田空港反対現地集会に参加して違法な行為を行う可能性を察知し、Xの年次有給休暇取得を阻止しようと考え、予めXに代わって勤務を申し出ていたBに対して説得を行い申出を撤回させた。その上で、Xが出勤しないと最低配置人数に不足するとして年次有給休暇取得の時季変更を行った。
しかしXは出勤せず集会に参加をしたために、YはXを戒告処分とし、出勤しなかった日の賃金を控除した。Xは、この時季変更権行使は違法であるとし、控除された賃金支払と戒告処分の無効確認のため訴えを提起した。
判決の骨子
勤務割に従った勤務体制が取られている職場では、通常の配慮にて代わりの者を配置できる客観的状況があるにもかかわらず、会社がそうした配慮をせず代わりの者が配置されないとき、事業の正常な運営を妨げるとは言えない。
労働基準法は年次有給休暇の利用目的については関知をしていない。年次有給休暇の利用目的によって年次有給休暇を取得させるための配慮をせずにした時季変更については、利用目的を考慮して年次有給休暇を与えないのと同じであって認めることはできない。
当該事件における時季変更は、事業の正常な運営を妨げる場合には当らず違法である。
ポイント解説
会社は「事業の正常な運営を妨げる」場合に限り、時季変更権を行使することができるが、その行使の前提として、労働者の指定時季に取得できるよう、勤務予定変更や代わりの勤務者の確保といった「配慮」が求められる旨の確認がされた。
【団体契約の生命保険(住友軽金属工業事件)】〜最高裁第三小法廷判決 H18/4/11〜
事実の経緯
Y社は、生命保険会社9社との間で従業員を被保険者とする団体定期保険契約を締結していた。Y社の従業員である夫が癌等により死亡した妻たちであるXらは、被保険者となっている夫らの死亡により各保険契約に基づき各保険会社より死亡保険金としてY社が受け取った支給額と、実際に夫らの退職金や葬祭料等の支給額に大きな差額があることから、保険金全額に相当する金額の支払いをY社に求めたが、Y社に拒否されたため、訴えを提起した。
判決の骨子
Y社の団体定期保険の運用は、従業員の福利厚生の拡充を図ることを目的とする団体定期保険の主旨から逸脱したものであることは明らかであるが、一方、遺族に支払われた金額が各保険契約に基づく保険金額の一部にとどまっていても、被保険者の同意があることが前提である以上、そのことから直ちにこれらの各保険契約について、公序良俗違反を言うことは相当でない。
また、Y社と各生命保険会社との間において、Y社が受領した保険金の全部または社会的に相当な金額を遺族補償として支払う旨等の合意の成立を推認すべき事情も見当たらない。むしろ、死亡時給付金につき社内規定に基づく給付額の範囲内で支給するというY社の考えや実際の運用状況を踏まえると、Y社が社内規定に基づく給付額を超えて、受領した保険金の全部または一部を遺族に支払うことを、明示的にはもとより黙示的にも合意したと認めることはできない。
ポイント解説
本判決では、契約論に係る法形式的な論理を貫徹している。
一方、遺族請求が認められた判例も多数ある。判断基準は、使用者が保険金を受領した場合、遺族に対してその全部又は相当部分を退職金、弔意金等として支払う旨の合意または黙示の合意がありや否やという点となっている。
【健康管理(電電公社帯広局事件)】〜最高裁第一小法廷判決 S61/3/13〜
事実の経緯
Y社の就業規則および健康管理規程は、心身の故障により療養、勤務軽減等の措置を受けたときは、健康管理従事者の指示に従い、自己の健康回復に努めなければならない旨が規定されていた。そして、Y社は、労働組合との間で労働協約を締結した上で、頸肩腕症候群の発症後3年以上経過しても軽快しない長期罹患者について、札幌逓信病院に入院させ総合精密検診を行うこととなっていた。Y社は、これを受け、要管理者として管理指導を受けていた職員Xに対して頸肩腕症候群に関する検診を受けるように業務命令を発した。
これに対してXは「札幌逓信病院は信頼できない」として業務命令を拒否したため、公社がこれを理由に従業員を戒告処分とした。Xは戒告処分の無効確認のため訴えを提起した。
判決の骨子
就業規則の規定内容が合理的なものである限り、労働契約の内容となる。Y社就業規則及び健康管理規程によれば要管理者は、健康回復に勤める義務があり、その健康回復を目的とする健康管理従事者の指示に従う義務があることとされているが、いずれも合理的なものであり、職員の健康管理上の義務は労働契約内容となっているものというべき。
本件精密検診の実施機関とされる札幌逓信病院は、高度な医療技術を有する等の理由から職員の健康管理に適しており、本件総合精密検診の内容・方法の合理性ないし相当性は十分これを肯定することができる。従って、Xには、本件総合精密検診を受診し、その健康回復に努める義務が存したというべきであり、Yの戒告処分は有効である。
<ポイント解説>
就業規則の健康管理規程等の定めが合理的であり、かつ健康管理従事者の指示する精密検診の内容・方法が合理的で相当である場合には、労働者は原則としてこの指示に従わなければならない旨、明確化した。
【安全配慮義務違反(陸上自衛隊八戸車両整備工場事件)】〜最高裁第三小法廷判決 S50/2/25〜
事実の経緯
陸上自衛隊に勤務するAは、作業中に同僚の運転する大型自動車に轢かれて即死をした。Aの両親であるXらは、国家公務員災害補償法に基づく補償金(労災保険と同種のもの)を支給されたが、それに納得せず、Y=国に対して損害賠償請求をしたが、下級審ではYの消滅時効援用を認めて(不法行為の場合3年)請求は棄却された。
判決の骨子
国は公務員に対して「公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(=安全配慮義務)を負っている」と考えられる。
安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、その法律関係の附随義務として当事者の一方または双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものである。
本件の場合、国はAに対しての安全配慮義務を有していることから、国の損害賠償責任を認める必要がある。
ポイント解説
上記のようなケースでは、従来「不法行為」に基づく損害賠償請求が中心となっており、その場合消滅時効は3年と短かったが、本判決で提示された安全配慮義務という概念により、債務不履行責任に基づく損害賠償請求が可能となり、時効も10年とその期間を延ばすことができる。
本件は、国と公務員という関係の中でのものであるが、これは民間企業に置き換えることができるので、使用者は労働者に対して、安全配慮義務を有することも明らかである。
この判決は、最終的に労働契約法第5条での同義務明文化につながっていく。
【出張時の業務上労働災害(大分労基署長(大分放送)事件)】〜福岡高裁判決 H5/4/28〜
事実の経緯
原告Xの夫Aは、出張先の業務終了後に同行者らと飲食を伴う夕食をとった後に、宿泊施設内の階段を歩行中に転倒して頭部を打撲するという事故に遭い、これが原因で約4週間後に急性硬膜外血腫で死亡した。Xは、夫Aの死亡が業務上の理由によるものであるとして労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付等の支給をY労基署長に請求したが、本件は業務災害には該当しないとして不支給処分とされた。
Xは、この処分を不服として、Yに対して当該処分の取り消しを求めて訴えを提起した。
判決の骨子
Aらの飲食行為は、宿泊を伴う出張において通常随伴する行為といえないことはなく、宿泊中の出張者が使用者に対して負う出張業務全般についての責任を放棄乃至逸脱した態様のものに至っていたとは認められないことにより、業務遂行性は失われていない。
本件事故発生時Aには何らかの恣意的行為に及んだことを示す証拠がない。Aが業務と全く関連の無い私的行為や恣意的行為ないしは業務遂行から逸脱した行為によって自ら招来した事故であるとして業務起因性を否定すべき事実関係はない。
従って、Aの死亡は労災法上の業務上事由による死亡に当るというべきである。
ポイント解説
労災保険給付の認定基準として、「業務遂行性」「業務起因性」の2つがあるが、出張中における災害については責任放棄・逸脱した態様がないということを前提に業務遂行性が認める枠組みを本判例で示している。
また、出張事故における、業務起因性については、労働者の私的行為等起因性を否定すべき事実関係がないことを前提にして、業務遂行性が認められれば、因果関係成立は推認される。
【通勤災害(札幌中央労基署長(札幌市農業センター)事件)】〜札幌高裁判決 H1/5/8〜
事実の経緯
農業センター勤務の女性労働者Aは、就業終了後徒歩で帰宅途中、国道との交差点から自宅とは反対方向に140メートルの地点にある商店に、夕食の材料購入のために向かっている最中に、交差点から40数メートルの地点で自動車にはねられて即死した。
Aの夫および子である原告Xらは、この事故は労災保険法の通勤災害に当るとして、労災保険給付を請求するも、Y労基署長は通勤のための合理的経路を逸脱した状態の最中に起きた事故であるとの見解から不支給決定をした。
Xらは当該処分の取り消しを求めて訴えを提起した。
判決の骨子
労災保険法上の合理的経路とは、労働者住居と就業場所との往復する場合に一般に労働者が採ると認められる経路を言うものと解され、往復経路の逸脱とは、通勤途中において就業又は通勤と関係のない目的で合理的経路をそれることを言い、往復の中断とは通勤経路上において通勤とは関係のない行為をすることをいう。
本件は、Aが食材購入のため通常経路をそれたことは否定できず、そのような行為は「些細な行為」の域を出ており、通勤とはいえない。従ってAの生じた災害は、往復経路を逸脱した間に生じたものと認めざるを得ない。
ポイント解説
些細な行為であれば、往復の合理的経路の中断、逸脱中であっても通勤災害に認められる。
また、日常生活上必要な行為(本件はこれに該当するものと思われる)は、往復の合理的経路の中断、逸脱中は認められないが、その後合理的経路に復せば通勤災害に認められる。
本件は、上記2つとも当てはまらないため、通勤災害認定に至らなかった例。
【過労自殺(電通事件)】 〜最高裁第二小法廷判決 H12/3/24〜
事実の経緯
大手広告代理店Y社の従業員である大卒新入社員Aは、長時間に及び時間外労働を恒常的に行っていく中で、うつ病に罹患し、入社1年5か月後に自殺をした。
Aの両親であるXらは、Aの自殺は、長期間に亘る長時間労働を強いられた結果であるとして、Y社を相手取り損害賠償を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
使用者は、業務遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって指揮監督する権限者は、こうした注意義務の内容に従って、権限行使をするべきである。
本件は、Aの常日頃からの長時間に亘る残業実態、疲労の蓄積に伴う健康状態の悪化、上司が何ら措置を講じなかったことなどを考慮にいれ、また、Aの性格が、一般の社会人の中にしばしばみられるものの一つであって、通常想定される範囲を外れるものでないことも含めて、Aの業務遂行とそのうつ病罹患による自殺との間には相当因果関係が存在するとし、Aの上司らがAの健康状態の悪化等を認識しながら、その負担軽減措置を採らなかったことにつき過失があったとして、Y社の損害賠償責任を肯定した。
ポイント解説
本判決は労働者自殺について使用者損害賠償責任を認めたはじめての最高裁判決として大変重要。
労働者側の事情を過失相殺において斟酌することに慎重な姿勢を示していることも特徴とすべき点である。
【退職金規程の不利益変更(大曲市農協事件)】 〜最高裁第三小法廷判決 S63/2/16〜
事実の経緯
Y農協は7つの農協を合併して新設された。Y農協では合併に伴い就業規則の変更により退職金支給倍率の低減を図った。
Xらは、Y農協に在籍をしていたが、旧規定の支給倍率を用いて算出した退職金額との差額の支払いを求めて訴えを提起した。
判決の骨子
就業規則が合理的なものであるとは、その作成および変更が、その必要性および内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。
特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関して実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項がそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的内容のものである場合、その効力を生ずる。本件では、合併にともなう給与調整によるものであるが、一般に従業員の労働条件が異なる複数の農協、会社等が合併した場合に、労働条件の統一的画一的処理の要請から、旧組織から引き継いだ従業員相互間の格差を是正し、単一の就業規則を作成し、適用しなければならない必要性は高いが、本件合併に際してもその是正をしないで放置するならば、合併後のY農協の人事管理面等の面で著しい支障が生ずることは十分想定できるものである。
ポイント解説
本判決にて、組織の合併に伴う労働条件統一については、高度の必要性によりその合理性が認められるということが確認された。
【就業規則による労働条件変更(第四銀行事件)】 〜最高裁第二小法廷判決 H9/2/28〜
事実の経緯
Y銀行は、従来の55歳定年制で、健康な男子職員については賃金水準を落とさずに58歳まで再雇用を認めるとした運用を改め、60歳定年制に変更をしていき、55歳以降の賃金を54歳時の63〜67%に引き下げる内容の就業規則改正を行った。
これに先立ちY銀行では従業員の90%で組織する労働組合との間で労働協約を締結した。
非組合員の行員Xは、変更前の就業規則により計算された賃金額と55歳以降に実際に受け取った賃金額の差額の支払いを求めて訴えを提起した。
判決の骨子
就業規則の作成又は変更による労働条件の一方的不利益変更は原則許されないが、変更に合理性を有する場合には、その効力を生じる。
特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に実質的な不利益を及ぼす変更の効力が認められるためには、それが高度の必要性に基づいた合理的内容が必要である。
就業規則変更における合理性の有無は、具体的には、1)就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、2)使用者側の変更の必要性の内容および程度、3)変更後の就業規則の内容自体の相当性、4)代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、5)労働組合等との交渉の経緯、6)他の労働組合や従業員の対応、7)同種事項における我が国社会における一般的状況等、を総合的に判断すべきである。
以上を踏まえ、本件Y銀行の実施した就業規則変更には合理性が認められる。
ポイント解説
労働契約法における就業規則不利益変更要件規定(第10条)制定につながる重要な判例。
【就業規則による労働条件変更(みちのく銀行事件)】〜最高裁第一小法廷判決 H12/9/7〜
事実の経緯
従来年功序列型賃金体系を有していたY銀行では、経営の低迷等を理由として、満55歳到達により基本給を凍結する就業規則改定を、更に2年後に、業績給を減額する改定を、それぞれ労働組合との合意の下に行った。
これに対してXらは削減された額の支払いを求めて訴えを提起した。
判決の骨子
本件は、労働組合が就業規則の変更に同意しているが、Xらのこうむる不利益性の程度や内容を勘案すると、賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を大きな考慮要素と評価することは相当でない。
本件で、就業規則等変更を行う経営上の高度の必要性が認められるとはいっても、賃金体系変更は中堅層の労働条件改善をする代わり55歳以降の賃金水準を大幅に引き下げたものであって、差し迫った必要性に基づく総賃金コストの大幅削減を図ったものではなく、Xらのような高年層の行員に対しては、専ら大きな不利益のみを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、変更に同意しないXらに対しこれを法的に受忍させることもやむをえない程度の高度の必要性に基づく合理的内容のものであるとは言えない。従って、賃金減額の効果を有する部分は、Xらにその効力を及ぼすことができないというべきである。
ポイント解説
当判例では、不利益の重大性や特定層労働者に集中的に不利益を課すという変更後の労働条件の不相当性が重視され、一方、多数組合との間の合意は、重要な考慮要素とはしなかったところがポイントである。(第四銀行事件判例に一部修正的な位置づけ)
【労働協約による不利益変更(朝日火災海上保険事件)】〜最高裁第一小法廷判決 H9/3/27〜
事実の経緯
Xが従事していたA社鉄道保険部は昭和40年にY社に事業引き継ぎがされた。Y社では旧A社とY社の労働条件格差を是正するために、Z労働組合との間で、A社出身者とそれ以外の者の労働条件統一に関する交渉が続けられた。その結果、就業時間、退職金、賃金制度等は昭和47年に統一がされたが、定年年齢については、A社出身者63歳、それ以外の者55歳という格差が継続した。その後経営状況の悪化に伴い、Y社とZ組合との間で、定年年齢を57歳とし、退職金計算方法も変更する労働協約が昭和58年に締結された。
Xはこの協約が適用されることで定年年齢が6歳も引き下げられる上、退職金支給基準率も71から51に低下するとして、従来の労働条件適用の地位の確認の訴えを提起した。
判決の骨子
Xが受ける不利益は決して小さいものではないが、労働協約が締結されるに至った経緯、当時のY社の経営状態、同協約に定められた基準の全体としての合理性に照らせば、同協約が特定の又は一部の組合員をことさら不利益に扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず、その規範的効力を否定すべき理由はない。
Xの労働条件を不利益に変更するものであることの一事をもってその規範的効力を否定することはできず、また、Xの個別同意または組合に対する授権が無い限り、その規範的効力を認めることができないと解することもできない。
<ポイント解説>
労働協約の規範的効力は、労働条件を不利益な方向に変更する場合にも失われるものではないという旨確認された。
同時に労働組合の目的を逸脱し締結された場合には例外的にその効力が及ばないという基準も明確化された。
【個別契約合意による労働条件の変更(更生会社三井埠頭事件)】〜東京高裁判決 H12/12/27〜
事実の経緯
A会社は、平成10年10月に会社更生法に基づく更生手続きが開始されたが、それに先立つ同年5月に、管理職従業員に対して予め通知の上賃金20%減額を実施した。
A会社の管理職Xら3名は、希望退職により同社を退職した後、Xらは賃金減額には同意をしておらず(異議を述べることなく減額された賃金を受け取り続けた)、平成10年5月分以降の減額分は未払い賃金であるとして、更生管財人のYに対して、その支払いについて訴えを提起した。
判決の骨子
就業規則に基づかない、賃金減額に対する労働者の承諾の意思表示は、労働者の自由な意思に基づいたものであると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在するときに限り有効。
本件については、Xらが賃金減額の根拠について十分な説明を受けていないこと、A会社において減額に対する許諾の意思表示を明示的に求めようとしたとは認められないこと、Xらは、賃金減額に異議を述べなかった理由として「異議を述べると解雇されると思った」と供述していること、本件賃金減額によるXらの不利益は小さくないものである上、管理職のみに負担を負わせるものとなっていること等々を鑑みると、Xらがその自由な意思に基づいて本件減額通知を承諾したモノとは到底思えないし、また、外形上承諾と受け取られるような不作為がXらの自由な意思に基づいてなされたと認めるに足りる合理的理由が客観的に存在したともいえない。
ポイント解説
労働条件変更について、明示的な同意をしていない場合であっても、その言動などから見て黙示的に変更に同意していると認められる、いわゆる「黙示の同意」認定は、本件含めて多くの判例で慎重な姿勢となっている。
【退職金の不利益的取扱い(小田急電鉄事件)】 〜東京高裁判決 H15/12/11〜
事実の経緯
鉄道会社Y社の従業員であるXは、休日に他社の電車内での女子高生に対する痴漢行為により、迷惑防止条例違反で逮捕され、懲役4カ月、執行猶予3年の有罪判決を受けた。
Y社は身元引き受け後、事情聴取にて確認したところXは以前にも2回ほど、同様の事件で逮捕されていたことが明らかになり、Y社はXを懲戒解雇処分に付すとともに、Xに対する退職金を不支給とした。Xは退職金全額不支給は不当として、支払い請求の訴えを提起した。
判決の骨子
本件懲戒解雇は有効であるが、退職金年額を不支給とするには、当該労働者の長年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為がある必要がある。ことに職務外行為の場合には、会社の名誉信用を著しく害し、会社に無視し得ないような現実的損害を生じさせるなど、強度の背信性を有することが必要と解する。
退職金全額不支給とするのは、経済的に見ても過酷な処分であるが、本件行為は(例えば業務上の横領行為などと比べて)相当強度な背信性を持つ行為とまではいえないと考えられるから、Y社は、その退職金全額について支給を拒むことはできない。
しかし、痴漢撲滅に取り組んでいるY社にとって、相当の不信行為であることは否定できないことから、本来支給されるべき退職金のうち、3割相当額の支給が認められるべき。
ポイント解説
懲戒解雇そのものの有効性と、それを理由とする退職金の不支給措置の適法性は、その判断基準が異なることを明らかにした。
退職不支給については、「労働者の長年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為」があるか否かが判断基準とされる。
【賞与支給要件における不利益取扱い(東朋学園事件)】〜最高裁第一小法廷判決 H15/12/4〜
事実の経緯
Xは、平成6年度期末賞与等の支給対象期間に8週間の産後休業を取得、その後更に勤務時間短縮措置を受けた。Y社給与規程では、賞与支給要件として出勤率90%以上のものと定められており、賞与の支給に当たり産前産後休業の日数と勤務時間短縮措置の総時間数を欠勤扱いとすることになっていた。このため、Xは、産後休業と勤務時間短縮措置を受けたため、出勤率が90%を下回り、平成6年期末賞与と平成7年夏季賞与の支給対象から外された。Xは、Yに対して不支給となった賞与の支払いを求めて訴えを提起した。
なお、支給額算定にあたって、算定額から(基本給/20)×欠勤日数分が減額されることとなっていた。
判決の骨子
産前産後休業や育児休業法に則った勤務時間短縮措置による権利や利益は、労基法等で保障されたものであり、それらの権利や利益を保障した法の趣旨を実質的に失わせるような賞与支給の要件を定めることは許されない。
本件90%条項は、産前産後休業等を取得した場合に賞与支給の対象外とされる可能性が高く、それによる不利益が大きいことから、権利等の行使に対する事実上の抑止力が相当強く公序に反して無効である。
ただし、賞与計算式において、産前産後休業の日数分および勤務時間短縮措置短縮時間分を欠勤とみなして減額対象として扱うことは、直ちに公序に反して無効になるわけではない。
ポイント解説
90%条項での賞与不支給は無効だが、産前産後休業等を賞与算定で欠勤とみなすこと自体は無効にならないと、分けて整理がされている。
【年次有給休暇取得と不利益取扱い(沼津交通事件)】〜最高裁第二小法廷判決 H5/6/25〜
事実の経緯
タクシー会社のY社は、乗務員出勤率を高めるため、皆勤手当を支給していた。皆勤手当を支給する基準として年次有給休暇を含めた欠勤1日のときには、半減(S63年度:1か月無欠勤3100円⇒1日欠勤1,550円)、欠勤2日以上の場合には、皆勤手当を支給しないこととなっていた。
Xら(Y社タクシー運転手である労働者)は、Y社に対して不支給分の皆勤の支払いを求めて訴えを提起した。(Xらの給与月額は22万円〜25万円余であり、皆勤手当の額の現実の給与月額に対する割合は、最大で1.85%に過ぎなかった。)
判決の骨子
労基法136条(有給休暇取得者に対して、賃金減額その他不利益な取り扱いをしないようにしなければならない。)の効力については、措置の趣旨、目的、労働者が失う経済的利益の程度、年休取得の事実上の抑止力の強弱などを考慮して、年休を取得する権利の行使を抑制し、労基法が労働者に年休権を保障した主旨を実質的に失わせるものと認められるものでない限り、公序に反して無効とはならない。
Y社はタクシー会社であることから鑑みると、効率的に自動車を運航させる必要性が大きく、当番表作成後に年休を取得された場合に代替要員手配が困難なことから、こうした措置により年休を取得することを避ける配慮をした乗務員について皆勤手当を支給することにしたと考えられる。そのような措置は、年休取得を一般的に抑制する趣旨に出たものではないと考えるのが妥当であり、皆勤手当額も相対的に大きいものではないことから、この措置が年休取得の抑止力として大きなものでなかった。従って当措置は公序に反する無効なものとまではいえない。
ポイント解説
措置の趣旨、目的、労働者が失う経済的利益の程度、年休取得の事実上の抑止力の強弱という判断基準が明示。
【パートタイマーの賃金格差(丸子警報器事件)】〜長野地裁上田支部判決 H8/3/15〜
事実の経緯
Y社に臨時社員として雇用された労働者Xらは、労働契約期間を2ヶ月とし更新する形で継続勤務し、中には25年を超える期間、継続勤務しているものもいた。
Xらは、正社員と同様の内容の仕事に従事してきており、正社員と比較して勤務時間、勤務日数も同じであったが、正社員よりも低い賃金しか支給されてこなかったため、Xらは、不当な賃金差別であるとして、不法行為に基づく損害賠償を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
Xらと同じ組立ライン作業に従事する正社員との業務を比べると、作業内容、勤務時間及び日数など全てが同様であること、勤務年数からも長年働くつもりでいる点でも正社員と何ら変わらないこと、採用や契約更新の際に自己の正社員ではないという身分について明確な認識を持ちにくい状況であったこと等に鑑みれば、Xら臨時社員の提供する労働内容は、正社員と同一である。Y社は、臨時社員から正社員となる途を用意するか、正社員に準じた賃金体系を設ける必要があるにもかかわらず、正社員との賃金格差を維持拡大し、臨時社員を長期間雇用継続したことは、同一価値労働同一賃金原則の根底にある均等待遇の理念に違反する格差であり、妥当性を欠くというにとどまらず、公序良俗違反として違法となるものである。
Xらの賃金が、同じ勤務年数の正社員の8割以下となるときは公序良俗違反と判断される。
ポイント解説
同一価値労働同一賃金の原則は労働関係を規律する一般的な法規範として存在しているとは認めることはできないが、同一価値労働同一賃金の原則の基礎にある均等待遇の理念は、賃金格差の違法性判断において重要な判断要素として考慮すべき旨の確認をした判例である。
【退職届取り下げの有効性(大隈鐵工所事件)】〜最高裁第三小法廷判決 S62/9/18〜
事実の経緯
Xは、昭和47年にY社に入社し、同期入社のAとともに共産党関連活動に関わっていたが、Aが失踪したため上司がそれに関連する事情聴取をXに対して行った。XはAの失踪とは関係ないと述べ自ら退職を申し出た。
人事部長Cは退職する必要ないと慰留したが、Xはその場で退職届に記入、署名、捺印をした上でCに提出した。
しかし、提出の翌日にXは退職届を撤回すると人事課長Dに申し出たがこれを拒否された。
Xは労働契約上の地位の確認を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
入社時の採用面接などと異なり、採用後の当該労働者の能力、人物、実績等について掌握しうる立場にある人事部長に退職承認についての利害得失を判断させ、単独でこれを決定する権限を与えることとすることも、経験則上何ら不合理なことはない。
人事部長に退職届に対する承認の決定権限があるならば、人事部長が労働者の退職届を受理したことで、労働契約の解約申し込みに対する会社の即時承諾の意思表示がされたものというべく、これによって労働契約の解約の合意が成立したものと解するのが当然である。
ポイント解説
労働契約解約の申込は、権限ある責任者による承諾の意思表示があった場合に解約合意が成立するという旨が確認された。
これは裏を返せば、退職の意思表明は、権限ある責任者が承諾するまでなら撤回できるということを示唆するものとなる。
【解雇予告(細谷服装事件)】 〜最高裁第二小法廷判決 S35/3/11〜
事実の経緯
Y社に雇用されていたXは昭和24年8月4日に、労働基準法上で義務付けられている予告期間を置かれることなく、予告手当も支払われずに解雇通知を受けた。
これを受けてXは8月分未払い賃金および退職金支払いを求めて訴えを提起したが、一審口頭弁論終結日である昭和26年3月19日に未払い賃金と予告手当がY社からXに支払われたが、裁判ではXは敗訴となった。
Xは控訴審で、Y社が未払い賃金と予告手当を支払った昭和26年3月19日まで解雇の効力が発生しないとして、この間の賃金支払および労基法114条規定の予告手当と同額の付加金支払いも合わせて求めるため上告をした。
判決の骨子
使用者が労働基準法第20条における予告期間をおかず、また予告手当の支払いをしないで労働者に解雇の通知をした場合、その通知は即時解雇としては効力を有しないが、使用者が即時解雇を固執する趣旨でない限り、通知後予告期間30日を経過するか、または通知後に予告手当の支払いをしたときは、そのいずれかのときから解雇の効力を生ずるものと解するべきである。本件解雇の通知は30日の期間経過とともに解雇の効力を生じたもの捉えることができる。
労基法114条の付加金支払い義務は、使用者が予告手当等を支払わない場合に当然に発生するものではなく、労働者の請求により裁判所がその支払いを命ずることにより、発生するものであると解するから、労働基準法20条の義務違反の状況が消滅した後において付加金請求の申し立てをすることはできない。
ポイント解説
本判決以来裁判実務では相対的無効説(使用者が即時解雇に固執しているか否かを基準として解雇の効力が相対化されること)が主流となっている。
【能力不足の普通解雇(セガ・エンタープライズ事件)】〜東京地裁決定 H11/10/15〜
事実の経緯
Y社に勤務するXは、業務遂行上問題を起こして上司に注意されることや、業務に関して顧客からY社宛に苦情がなされることがあり、勤務成績査定も低かった。
こうしたことからY社は、Xを特定業務のない「パソナルーム」に配属し、退職勧告を行ったが、Xはこれに応じなかったので、Y社は、就業規則普通解雇事由の「労働能率が劣り、向上の見込がない」を適用し解雇した。
Xは解雇効力を争い仮処分の申し立てをした。
判決の骨子
本件解雇事由が「労働能率が劣り、向上の見込がない」 としているが、これに該当すると言えるためには、平均的な水準に達していないと言うだけでは不十分であり、著しく労働能力が劣り、向上の見込みがないときでなければならない。
Y社はXに対して、更に体系的教育、指導を実施することでその労働能力を向上する余地があった。
Y社は、「雇用関係を維持すべく努力したが、Xを受け入れる部署がなかった」と主張するが、Xが面接を受けた部署への異動が実現しなかった主たる理由はXに意欲が感じられないなど抽象的なものであるので、Yが雇用関係を維持するための努力をしたものと評価することはできない。
ポイント解説
上記の内容を含めて普通解雇の効力については、「就業規則上の解雇事由該当性」「解雇理由の合理性」「解雇の社会的相当性」を判断基準とするものである。
【勤務怠慢の普通解雇(高知放送事件)】 〜最高裁第二小法廷判決 S52/1/31〜
事実の経緯
Y放送のアナウンサーXは、宿直勤務中仮眠をとったところ寝過ごして、番組に穴をあけたということを2週間の間に2回続けて起こしてしまった。これにより1回目の事故で10分間、2回目の事故で5分間のラジオニュースができなかった。また、Xは2回目の事故に際して上司にその報告を怠り虚偽の事実を記載した報告書を提出した。
Y社は、Xの行為が就業規則上の懲戒事由に当ることも考えたがXの将来を慮り普通解雇とした。
XはY社に対して従業員たる地位の確保を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
Xはアナウンサーとして責任感に欠け、事故直後に率直に自己の非を認めなかった点等鑑みると普通解雇事由に該当はする。しかし、たとえ事由があったとしても解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときは、解雇権濫用として無効になる。
本件事故はXの過失によるもので故意によるものではないこと、Xを起こすことになっていたファックス担当者も2回とも寝過ごしているがこちらは譴責処分を受けたに過ぎないこと、放送の空白時間はさして長時間ではないこと、Y放送として早朝ニュース放送の万全を期すべき措置を講じていないこと、Y放送で過去に放送事故を事由に解雇された例がないこと等鑑みると、Xに対して解雇で臨むことはいささか酷に過ぎ、社会的相当性を是認することができない。従って本件解雇権は濫用である。
ポイント解説
普通解雇は「解雇理由の合理性」「解雇の社会的相当性」 がなければ、就業規則事由があっても解雇権濫用により無効となる。
【退職勧奨(下関商業高校事件)】 〜最高裁第一小法廷判決 S55/7/10〜
事実の経緯
XらはY市高校の教諭だったが、Y市教育委員会で教員の新陳代謝を図る一環で、Xらが退職勧奨の基準年齢である57歳になったことを理由に退職勧奨の対象となった。Y市教育委員会は、昭和40年度末から2〜3年に亘り退職勧奨を続け、3〜4カ月に11〜13回の出頭を命じたり、長いときには2時間に及ぶ勧奨を行った。
Xらは、Y市に対して、これら一連の行為は違法であり、退職勧奨による精神的損害を被ったとして慰謝料の支払いを求めて訴えを提起した。
判決の骨子
退職勧奨における被勧奨者は何らの拘束なしに自由にその意思を決定しうることは言うまでもない。
Y市教育委員会の行った退職勧奨は、多数回かつ年度を超えて長期に亘る執拗なものであり、許される限界を超えている。被勧奨者であるXらに対して、退職勧奨が際限なく続くのではないかとの心理的圧迫を与えたもので許されない。
Xらは精神的自由を侵害され、耐えうる限度を超えて名誉感情を傷つけられ、さらには家庭生活を乱されるなど、精神的苦痛を受けたと容易に考えられる。よって、本件退職の勧めは違法であり、Y市はXらに損害賠償責任を負う。
ポイント解説
執拗で、繰り返し行われる半強制的な退職の勧め(いわゆる肩たたき)は違法であること確認した。
【整理解雇要件(アイレックス事件)】 〜横浜地裁判決 H18/9/26)〜
事実の経緯
Y社は、業績の悪化にともない、正社員であったXを含め21名を整理解雇した。
本件の解雇対象者の選定は、人事考課成績の低いモノから、管理職および代替性の低い労働者と会社が考える者等を除く形で行われ、また、整理解雇に先だって役員報酬、管理職賃金削減、そして有期雇用臨時社員の大多数の要員削減を実施した。因みにY社は、Xに対しては、解雇事由は能力不足であると伝えていた。
Xは、従業員地位の確認等を求め、訴えを提起した。
判決の骨子
Y社売上は大幅に減少し経営状況の著しい悪化により人員削減の必要性は存在した。
Y社は本件に先立ち希望退職募集、臨時社員の全面的削減、一時帰休・出向などおこなっておらず、これらを踏まえると回避努力は十分であったとはいえない。
本件の人選で人事考課結果が低いのに被解雇者から除外される者の選定基準は合理的とは言えず、選定方法の合理性を是認するのは困難である。
Y社はXとは2回面談し、労組とも3回団体交渉を行っているが、面談で本件解雇が整理解雇であることを明らかにせず、選定基準について全く説明がされていない。
以上のことから、本件解雇は、必要性を除き、要件として不十分であり、解雇権濫用により無効。
ポイント解説
本件は、1)人員削減を行う経営上の必要性、2)使用者による十分な回避努力義務、3)被解雇者の選定基準およびその適用の合理性、4)被解雇者や労働組合との間の十分な協議等の適正な手続、という整理解雇4要件によるスタンダードな判断をした判例のひとつである。
【整理解雇要件(ナショナル・ウエストミンスター銀行事件)】〜東京地裁仮処分 H12/1/21〜
事実の経緯
Y銀行は、海外金融部門を競争激化に伴い廃止することを決定し、部門所属者に雇用契約の合意解約を提示した。Xもその一人であったが、Y銀行は、Xに対して再就職支援や特別退職手当などの条件を提示し雇用契約合意解約の申し入れをした。
更にY社はXに対して一般事務職の地位を提案したが、Xはこれにも応じなかったため、やむなくXを解雇する意思表示を行った。
こうしたことから、Xは地位保全の仮処分を行った。
判決の骨子
Y銀行は、Xとの雇用契約を従前の賃金水準を維持したまま他のポジションに配転させることは現実的不可能であり、Xとの雇用契約を解消することには合理的理由があると認められる。
Y銀行は、Xの当面の生活維持及び再就職の便宜のために相応の配慮をしたと評価できる。
Y銀行は、出来る限り誠意をもってXに対応し事情について何度も説明をした。また組合との間でも全7回、3カ月余に亘り断交を行い、出来る限りの努力をしてきた。
こうしたことから、本件解雇をもって解雇権の濫用であるとはいえない。
ポイント解説
整理解雇4要件は、各々の要素が存在しなければ法律効果が発生しないという意味での法律要件ではなく、解雇権濫用の判断は、本来事案ごとの個別具体的な事情を総合考慮して行うものであるという考えを示し、整理解雇の4つの要件全てが揃わずとも、解雇権濫用になると限らないという旨、本判決にて確認をした。(本判決では整理解雇の必要性については従来的枠組みでの要件としては採り上げていない。)
【有期雇用契約の雇止め(東芝柳町工場事件)】 〜最高裁第一小法廷判決 S49/7/22〜
事実の経緯
Xらは、Y社に臨時工として雇われており、5回から23回の契約更新が行われてきた。Xらについては本工と同じ種類、内容の職務に従事していたが、本工とは異なる就業規則が適用されていた。
Y社は、勤務成績不良、人員削減の必要性などを理由に、順次Xらを雇止めにしていった。
これに対して、Xらは雇用契約上の地位の確認等を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
本件労働契約は、期間満了毎に当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在したものといわざるをえない。従って本件雇止めは実質的に解雇の意思表示にあたり、そうである以上本件雇止めの効力判断には、解雇に関する法理を類推すべき。
Y社における基幹臨時工の採用、雇止めの実態、その作業内容、Xらの採用時及びその後におけるXらに対するY社側の言動等に鑑みるとき、本件労働契約においては、単に期間が満了したという理由だけではY社において雇止めを行わず、Xらもまたこれを期待、信頼し、このような相互関係の下に労働契約関係が存続、維持されてきたものというべきである。
こうしたことから、Y社のしたXらに対する本件雇止めは、臨時工の就業規則規定に基づく解雇としての効力を有するものではない。
ポイント解説
有期雇用契約の反復更新により、期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態となった場合には、解雇権濫用法理が適用されるという考えを示した重要判例である。
【有期雇用契約の雇止め(日立メディコ事件)】〜最高裁第一小法廷判決 S61/12/4〜
事実の経緯
Y社は、昭和46年10月21日以降、不況に伴う業務上都合を理由として契約更新を拒否するに至った。XもY社に臨時工として雇用され、契約期間2カ月とする労働契約を5回更新した後、この機会に雇止めされた。
Xは、本更新拒否は解雇にほかならず、本件解雇が権利濫用であるため、従業員の地位確認を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
Xの5回に亘る契約更新によって、期間の定めのない契約に転化したということはできない。
ただし、季節的労務などのような臨時的作業のために雇用されるものではなく、その雇用関係はある程度の継続が期待されていたものであり、Xとの間においても5回にわたり契約が更新されているのであるから、このような労働者を契約期間満了によって雇止めにするに当たっては、解雇権濫用法理が類推される。
しかし、臨時社員の雇用関係は比較的軽易な採用手続きで締結された短期的有期契約を前提とするものである以上、雇止め効力を判断すべき基準は、正社員を解雇する場合とは合理的差異がある。Y社では独立採算制がとられ、当該工場では事業場やむを得ない理由で人員削減をする必要があり、余剰人員を他に配転する余地もない中では、まず臨時社員の雇止めをすることはやむを得ないことであり、Xに対する雇止めは権利濫用とすることはできない。
ポイント解説
東芝柳町事件とは別の視点で、期間の定めのない契約と実質的に異ならないとまで言えない場合でも、「雇用関係継続への合理的な期待が認められる」ときには、解雇権濫用法理が類推適用されることを示した判例である。
【使用者の懲戒権(フジ興産事件】 〜最高裁第二小法廷判決 H15/10/10〜
事実の経緯
Xは、取引先との間で多くのトラブルを発生させ、そのことに関し上司の度重なる指示にも従わず、職場放棄ともとれる態度、反抗的態度をとり続け、しばしば暴言を吐くなどして職場の秩序を乱したという理由により、Y社は、事実発生後に発効された就業規則に基づき懲戒解雇に付した。
Xは懲戒解雇に付される前に確認したところ、職場には旧就業規則は備え付けられていなかった。そこでXは、懲戒解雇される事実が発生したときにY社に就業規則が存在しなかったこと等から懲戒解雇は無効であり、従業員たる地位の確認および未払い賃金等支払を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
使用者が労働者を懲戒するには、予め就業規則において懲戒の種別および事由を定めておくことを要する。そして、就業規則が法的規範としての性質を有するものとして、拘束力を生ずるためには、適用受けるべき事業所の労働者にその内容を周知させる手続がとられていることを要する。
Y社が、労働者代表の同意を得て旧就業規則を制定し、これを大阪西労働基準監督署に届け出は事実を確定したのみで、その内容を事業所勤務の労働者に周知させる手続がとられていることを認定しないまま、旧就業規則に法的規範としての効力を肯定し、本件懲戒解雇を有効と判断することはできない。
ポイント解説
懲戒処分、懲戒権の行使については、就業規則に記載した合理的内容に事実が該当し、その内表に相当性があるなどの要件が揃っていたとしても、就業規則の周知手続がとられていなければ、労働者に対して法的規範として効力を有しないことを示した判例である。
【経歴詐称(炭研精工事件)】 〜最高裁第一小法廷判決 H3/9/19〜
事実の経緯
XはY社のプレス工として採用されたが、その応募選考の際、履歴書に大学中退の事実を隠し最終学歴を高卒と偽って記載し、また、刑事事件の裁判中であり保釈中であったが履歴書には「賞罰なし」と記載した。また、Xは入社後軽犯罪法違反及び公務執行妨害罪で逮捕され欠勤した。
Y社は経歴詐称、7日以上の無断欠勤が就業規則上の懲戒解雇事由に該当するとして懲戒解雇したため、Xは従業員地位の確認を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
使用者が雇用しようとする労働者に対して、その労働力評価に直接関わる事項ばかりでなく、当該企業あるいは職場への適応性、貢献意欲、企業の信用保持等企業秩序の維持に関係する事項についても、合理的範囲内で申告を求められた場合には、労働者は真実を告知する義務がある。最終学歴も企業秩序維持に関係する事項。
賞罰欄への記載については、公判継続中の事件についていまだ判決が言い渡されていないので、賞罰なしと答えたことは事実に反するものではない。
ただし、その後有罪判決後、反省の態度なく依然として反社会的運動に参加していたことなどの事情を考慮すると、Y社がXを懲戒解雇したことは相当であったというべきである。
ポイント解説
学歴については、「適応性、貢献意欲、企業秩序維持に必要な情報」のひとつであるとし、それが合理的な範囲であれば、信義則上真実告知義務を負うという一般的判断の枠組みをしめした。
【職場規律違反(明治乳業事件)】 〜最高裁第三小法廷判決 S58/11/1〜
事実の経緯
Xは雇用主であるY社の許可を得ないで、昼休みの時間を利用して、Y社の工場食堂にて赤旗号外紙および選挙応援のビラなどを配布した。配布の方法としては、食事中の従業員に手渡ししたほか、食卓上に置くなど平穏な方法がとられ、配布時間は数分間だった。そして、ビラを受け取るか、あるいは閲読するか廃棄するかも従業員の意思に委ねられていた。
Y社の就業規則および労働協約には、会社内で業務外の集会または掲示、ビラ配布等行うときは予め会社の許可を受け、所定の場所で行わなければならない規定があった。Y社は、就業規則規定の懲戒事由である「会社の諸規程あるいは労働協約に違反したとき」「正当な理由なくして上司の命令に従わなかったとき」にXの行為が該当するとして、Xを戒告処分に付す旨を伝えた。Xは戒告処分の無効確認を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
Y社の就業規則及び労働協約に定めるビラ配布等の許可制規定は、工場内の秩序の維持を目的としたものであることが明らかであるから、形式的にこれらの規定に違反するようにみえる場合でも、ビラの配布が工場内の秩序を乱す恐れのない特別の事情が認められるときは、同規程違反になるとはいえない。
Xのビラ配布の態様、経緯及び目的並びにビラの内容からすれば、工場内の秩序を乱す恐れのない特別の事情が認められる場合にあたり、就業規則等規程に違反するものではない。
ポイント解説
許可を得ずに行ったビラ配布等行為については、職場の秩序を乱した状態を現出しているかどうかが懲戒対象とすることができるかの判断基準となる。
【内部告発(トナミ運輸事件)】 〜富山地裁判決 H17/2/23〜
事実の経緯
Y社の従業員であるXはY社が同業間でやみカルテルを締結していることを報道機関に訴える形の内部告発したところ、Y社はこれを理由にXを昇格させず、個室隔離の上雑務に従事させるなどをした。
Xは不利益な取り扱いをされたとして、Y社を相手取り、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
本件告発内容には公益性があることは明らかであり、Xは是正目的で内部告発をしていると認められ、Y社を加害するとか、私的利益を得る目的があったとは認められず、また、最初に告発した先は全国紙の新聞社であり、もし社内で是正努力をしても報われる可能性は極めて低かったと考えられる。以上の事情を踏まえ、告発に係る事実が真実であるか、真実であると信じるに足りる合理的理由があること、告発内容に公益性が認められ、その動機も公益を実現する目的があること、告発方法が不当とまではいえないことを総合的に考慮すると本件Xの内部告発は正当な行為であり法的保護に値するというべきである。
従業員は、正当な内部告発をしたことによっては、配置、異動、担当職務の決定及び人事考課、昇格等について他の従業員と差別的処遇を受けることがないという期待的利益を有する。Y社の行為は、人事権の裁量範囲を逸脱する違法なものであり、損害賠償すべき義務を有するものである。
ポイント解説
内部告発の正当性判断の枠組みを示しており、またそれと絡んで人事権が公正に行使される期待を保護法益と認めた点で意義を有する。
【所持品検査(西日本鉄道事件)】 〜最高裁第二小法廷判決 S43/8/2〜
事実の経緯
Y社は「所持品検査を求められたときは、これを拒んではならない」という就業規則規定に基づき、乗務員の鞄等の携帯品や着衣・帽子などの検査のほか、それまで画一的に行われていなかった脱靴検査も組合同意のもと実施してきた。
Y社の電車運転士Xは、帽子とポケット内携帯品検査は受けたものの脱靴検査には応じなかった。これを受けてY社は、就業規則の懲戒事由に当たるとしてXを懲戒解雇に付した。
Xは懲戒解雇の無効確認を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
所持品検査は、それが労働基準法所定の手続きを経て作成、変更された就業規則の条項に基づいて行われたとしても、そのこと故ももって、当然に適法視されうるものではなく、これを必要とする合理的理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で、しかも制度として職場従業員に対して画一的に実施されるべきものが、就業規則その他、明示の根拠に基づいて行われるときは、検査を受任すべき義務がある。
脱靴を伴う靴の中の検査も当該就業規則所定の検査に含まれるものと解して妨げず、本件の具体的場合において、その方法や程度が妥当性を欠いたとすべき事情の認められるものではなく、Xがこれを拒否したことは、就業規則に違反する。
ポイント解説
所持品検査は、就業規則や労働協約での規定化、制度化のほか、「合理的理由の存在」と「一般的に妥当な方法と程度で従業員に画一的に実施されること」が要件である旨を、本判決にて明らかにした。
【私生活上の非違行為(横浜ゴム事件)】 〜最高裁第三小法廷判決 S45/7/28〜
事実の経緯
Xは、深夜泥酔状態で民家の浴室の戸を空けて侵入し、家人に見つかり履物を脱ぎ棄てて逃走したが、捕えられ警察に引き渡された。簡易裁判所は、Xを住居侵入罪の罪で罰金2,500円に処した。
Xの雇い主であるY社は、従業員賞罰規則の懲戒解雇事由「不正不義の行為を犯し、会社の体面を著しく汚したもの」に該当するとして懲戒解雇に付した。
Xは雇用関係存続確認を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
Xの犯行における時刻その他の態様によれば、恥ずべき性質の事柄であって、当時Y社において企業運営の刷新を図るため、従業員に対し、職場諸規則の遵守等を強調していたやさきに、かような犯行が行われ、Xの逮捕が数日を出ない内にうわさになって広まったことを考えると、Y社がXの責任を軽視できないで懲戒解雇処分をしたことは、無理からぬ点がないでない。
しかし、問題となるXの右行為は、会社の組織、業務等に関係のないいわば私生活の範囲内で行われたものであり、またXが受けた刑罰が罰金2500円程度に止まり、Y社におけるXの地位も指導的なものではないことなどを勘案すれば、Y社の体面を著しく汚したとまで評価するのは、当らない。
ポイント解説
本判決は裏を返せば使用者の懲戒権は社外の行動にも及ぶということが確認された。そしてその上で行為と企業秩序の影響を比較衡量し処分の妥当性を判断するという枠組みを示したものである。
【兼業禁止(小川建設事件)】 〜東京地裁決定 S57/11/19〜
事実の経緯
Xは、Y社営業所で勤務後、会社の許可を受けず午後6時から12時までの間、いわゆるキャバレーで勤務することを11カ月に亘り継続した。
Y社就業規則には、「会社の承認を得ないで在籍のまま他社に雇われたときに懲戒する」といういわゆる兼業禁止規定が載せられていた。Y社は、Xが業務終了後にキャバレーで勤務していたことについて、同就業規則の規定に基づき、本来懲戒解雇に付すべきところを普通解雇に留める形で意思表示を行った。これに対して、Xは地位保全の仮処分を申し立てた。
判決の骨子
原則的に言えば、私企業の労働者は兼業禁止はされておらず、その制限禁止は就業規則等の具体的定めによることになるが、就業規則にて兼業を全面的に禁止することは、特別の場合を除き、合理性に欠く。
しかし、労働者がその自由な時間を疲労回復のために適度な休養に用いることは次の労働日における誠実な労務提供のための基礎的条件をなすものであり、また、兼業の内容によっては企業の対外的信用・体面が傷つけられる場合もありうることから、兼業の許否につき会社承諾にかからしめる旨の規定を就業規則に定めることは不当でない。
本件ではXのキャバレー勤務は深夜に及ぶものであり、Y社への労務の誠実な提供に何らかの支障を来す蓋然性は高く、仮に事前に会社に申告したとしても承諾が得られるとは思えず、Xの兼業状態を不問に付して当然ということはできない。従ってY社の通常解雇の処置は妥当性を欠くものとは言えず、本件解雇は有効である。
ポイント解説
原則論として就業規則の兼業全面禁止を特別の場合を除き、認めないとしながら、その特別の場合を具体的に提示した。
【機密情報の漏えい(古河鉱業足尾製作所事件)】 〜東京高裁判決 S55/2/18〜
事実の経緯
Y社の従業員であるXらは、機密性の高い文書である3カ年計画書について、複写された契約書を保管していた係員からその文書を持ちだして、その所属する労働組合の戦略策定資料として、複製、配布した。
Y社は、極秘文書複製・配付行為をしたXらを就業規則規定「業務上重要な秘密を社外に洩らしまたは漏らそうとしたもの」に当るとして、懲戒解雇に付した。
Xらは、本件解雇は組合活動を忌避するY社の不当労働行為であると主張して、雇用関係存続確認を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
労働者は労働契約に基づく附随的義務のひとつとして、業務上の秘密を漏らさないとの義務を負うものと解する。管理職以外でもこの義務は免れず、また自分の職務外の事項でも洩らすことは許されない。更にこのことは、当該労働組合との間で締結した労働協約およびY社就業規則にも、会社の業務上重要な秘密を洩らした者を懲戒解雇する旨が定めていることからも明らかである。
本件Xらの行為は、日本共産党員の立場にて党の地位向上を図ったものであり、組合活動ということはできない。Xらの行為は、組合にも秘匿されており、組合の承認に基づくものともいえない。加えて、労働協約にはこうした行為をする組合員に対して、会社が懲戒することを承認しており、こうしたことからXらの行為は組合活動としても到底正当性を取得しない。
ポイント解説
秘密保持義務については、労働契約上の附随義務であり、かりに就業規則に明記がされていなくても遵守されるべきものである旨を明示した判例。
【職務怠慢(東京プレス工業事件)】 〜横浜地裁判決 S57/2/25〜
事実の経緯
Y社勤務のXは、6ヶ月間に計14日間の無届欠勤および計24回の遅刻をした。上司が再三注意を繰り返し、反省を求める譴責処分にも付したが、その後もXの勤務態度は改善されることがなく無断遅刻、欠勤を繰り返した。
その後Y社はXの就労の意思の有無の確認をしたところ、反省の意を表明したので、訓戒処分にとどめた。しかし、その翌月には再び無断欠勤1日、遅刻4回があったため、改善せずと判断し、Y社は就業規則及び労働協約に基づきXを懲戒解雇した。
これを受けてXは、地位保全の仮処分を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
Xは遅刻、欠勤について胃病や自動車の故障という正当な理由の存在を主張しているが、たとえそのような事由が存在したとしても、事前の届出のない遅刻、欠勤はそれ自体が正当な理由のない遅刻、欠勤に該当する。事前の届出のない遅刻欠勤は、Y社の業務、職場秩序に混乱を生じさせるものであるから、Xには就業規則および労働協約に定める懲戒解雇事由があったものと認められる。
Xは入社当初からの勤怠も不良で、上司の度重なる注意訓戒にもかかわらず、なんら改善するところがなく、将来の節度ある勤務態度を期待して始末書を提出させたが、その後も無断遅刻、欠勤を重ねたことなど、Y社がXを懲戒解雇するに至った事情を考慮すれば、本件懲戒解雇は相当であったと認めざるを得ない。
ポイント解説
無断遅刻、欠勤は、それ自体は単なる債務不履行だが、それが再三の注意にもかかわらず度重なり企業秩序を乱したと認められる場合、懲戒処分は有効と判断される。
【セクハラ行為(福岡セクシュアル・ハラスメント事件)】〜福岡地裁判決 H4/4/16〜
事実の経緯
雑誌社Y社の女性編集者Xの上司Y2は、編集業務におけるXの役割が重要になり、Y2を介さず業務方針が決定されることが多くなったために疎外感を持つようになり、約2年間にわたり、Xの異性関係が派手であるなどのうわさを社内外に流した。A専務はこうした動きを個人的な問題であるとして、Y2とX間の話し合いによる解決が図れない場合には、Xを退社させる方針を固め、まずXに妥協の余地を打診したが、XはあくまでもY2の謝罪を求めたため、退社してもらう旨を告げた。
これに対してXは、退社の意思を表明する一方で、Y2の行為やY社の対応は違法であるとして、損害賠償を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
Y2の発言は、Xの個人生活をめぐるもので、働く女性としての評価を低下させるものである。Xの意に反して名誉感情その他の人間的尊厳を傷つける行為であり、職場環境を悪化させる原因であった。一連の行為によりそのような結果を招くことを十分に考えることができたはずであり、Y2の行為の違法性は認めざるを得ない。
Y社およびA専務は、上司として職場環境を良好に調整すべき義務を負う立場にあったにもかかわらず、労働者の退職という最悪の事態の発生を極力回避する方向で努力することに十分でなかった。あきらかに職場環境を調整するよう配慮する義務を怠り、Xの譲歩や犠牲において職場関係を調整しようとしたことに違法性がある。
ポイント解説
上司の流言流布行為を、働きやすい職場環境の中で働く利益の侵害と捉えた上で、その違法性を認め、また、会社については、働きやすい環境を保つ配慮注意義務を前提に不法行為責任を認めた点でセクハラ裁判の基本的判断枠組みが示された。
【セクハラ行為(金沢セクシュアル・ハラスメント事件)】〜最高裁第二小法廷判決 H11/7/16〜
事実の経緯
XはY社の代表取締役Y2の下で家政婦として働いていた。Y2はXに対して執拗に性交渉を迫り、また日常の中で性的言動を継続させていた。これに対してXは明確に拒絶をした。その後、Y2は仕事の仕方を注意するなどしていき、お互いに不信感を募らせていった。
あるときY2はXの行動について非難したところ、Xが反抗的態度をとったため、Y2は激怒してXを殴打した。また、他の従業員に支払っていた賞与を支給しなかった。(ただし、Y社に賞与支給の規定はない)Xは賞与支給に関してしつこく抗議を繰り返した。Y2が解雇予告手当を提示しXを解雇すると、解雇は違法だとして、Y社に対して損害賠償を請求した。
判決の骨子
職場で男性上司が女性部下に対して地位を利用して女性の意に反する性的言動を行った場合、行為の様子、男性の職務上の地位、年齢、被害女性の年齢、婚姻歴の有無、両者のそれまでの関係、言動の場所、繰り返しの有無、被害女性の対応などを総合的にみて、社会的に許されない程度であれば、性的自由や人の尊厳を傷つける違法行為である。
本件では、Xに性行為を迫るY2の強制猥褻行為は違法であり、性的言動も社会的に許されず、Xの尊厳を損なう違法行為である。また殴打も違法行為である。
しかし、Xが拒絶をして示して以降、Y2がXに仕事の仕方を注意したことは業務上の対応であり違法ではない。また、賞与は明確な支給規定が無いため具体的権利を有しない。そして、本件解雇については、雇い主との信頼関係が要求される家政婦の職務内容とXの家政婦としての能力に疑問があり違法とはいえない。
ポイント解説
セクハラ行為者と被害者の関係は、人間的関係から生じるのであり、当事者の関係性を考察するべきということを示唆した。
【HIV抗体検査の適法性(警視庁警察学校事件)】 〜東京地裁判決 H15/5/28〜
事実の経緯
Xは警察学校入校時に警察病院にて精密検査を受け、本人の承諾なしにHIV抗体検査がなされ、その結果が陽性であることが分かった。これを受けて警察学校はXに対してエイズの恐れがあって免疫力が低下しており、今後のこともあるのでという説明の下、入校辞退を促し、Xは入学を辞退した。
しかしその後Xは別の病院でHIV抗体検査を受けた際、陽性でも通常の就労が可能なことを知るに至り、Y(国)に対して、辞職強要は違法であるとして損害賠償を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
HIV感染の事実から当然に、警察官の職務に適しないとはいえない。警察学校はHIV抗体検査で陽性反応を示したXを排除の意思の下、Xの自由な意思を抑制して辞職に導いたと評価することができる。これらは違法な公権力の行使である。
警察学校がXに対して実施した2回に亘るHIV抗体検査は、本人の同意なしに行われたと言うにとどまらず、その合理的必要性も認められず、プライバシー侵害を伴った違法行為であり、Yは損害賠償責任は免れない。
警察病院についても本人の同意の有無の確認等も一切行われず、警視庁から依頼されるまま漫然と検査を実施し、その結果を伝えたものであるから、これに関する警察病院の行為は故意又は重大な過失により、Xのプライバシーを侵害する不法行為に該当する
ポイント解説
HIV抗体検査は、労働者に対する使用者の一般的義務の履行として実施する健康診断としてであっても、十分な必要性と本人の承諾がない限り違法性となる旨、確認された。
【プライバシー保護(F社Z事業部事件)】 〜東京地裁判決 H13/12/3〜
事実の経緯
Xは、事業部長であるYに誤って別の人に送信しようとしたふざけた内容のものを送ってしまった。これを読んだYはXに対して監視を始め、Xが同僚に送信したメール内容などをチェックすると自分をセクハラで告発しようとしていることを知り、警戒感を強めた。
その後Xがパスワード変更をしたため監視できなくなると、YはIT部に依頼し、自動転送させて監視を続けた。
XはYが許可なくメールを閲読したことを理由として不法行為に基づく損害賠償を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
従業員が社内で電子メールを私的に使用する場合に期待しうるプライバシーの保護範囲は、通常の電話装置における場合よりも相当程度低減されることを甘受すべきであり、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に限りプライバシー侵害となると解する。
(メール閲読に対しての)Yの地位及び監視の必要性については認められる。Yが当初独自に自己の端末からXのメールを閲読した方法は相当とは言えないが、途中より担当部署に依頼して監視を続けているので、全く個人的に関与し行為を続けたわけでない。
Yによる電子メールの監視という事態を招いたことについてのX側の責任、結果として監視された電子メールの内容、その他本件における全ての事実経過を総合的に考慮すると、Yによる監視行為が社会通念条相当な範囲を逸脱したとは言えず、プライバシー侵害を受けたとはいえない。
ポイント解説
電子メールは社内での業務に使用される目的で労働者に利用許可がされているということから、一定のプライバシーの制限は認められるという判断に立った判例だといえる。
【人格的利益侵害(関西電力事件)】 〜最高裁第三小法廷判決 H7/9/5〜
事実の経緯
Xらは共産党員もしくはその同調者であり、労使協調路線に反対する組合内部少数派に属する者であった。雇用主であるY社は、企業防衛のため特殊対策を推進し、Xらにかかってきた電話を調査し、ロッカー内の私物をひそかに写真撮影し、他の従業員にXらと接触、交際しないよう働きかけ、Xらに対する孤立政策を進めた。
Xらへの対策に関するY社の内部資料を入手したXらは、Y社が推進しているXらへの対策を知るに至り、不法行為に基づく各人200万円ずつの慰謝料等ならびに謝罪文掲示と社内報掲載を求めて訴えを提起した。
判決の骨子
Y社は、Xらが現実には企業秩序を破壊し混乱させるなどの恐れがあるとは認められないにもかかわらず、Xらが共産党員またはその同調者であることのみを理由とし、職制等を通じて職場の内外でXらを継続的に監視する体制をとった上、種々の方法を用いて、Xらを職場で孤立させるなどした。こうした行為は、職場における自由な人間関係を形成する自由を不当に侵害するとともに、名誉を毀損するものである。
ロッカー内の私物を写真撮影する行為はプライバシー侵害であり、Xらの人格的利益を侵害するものである。これら一連のY社の行為は、Xらに対する不法行為にあたり、慰謝料等支払いを命ずる。
ポイント解説
本判決では、「思想・信条の自由」という着眼点ではなく、「職場における自由な人間関係を形成する自由」と捉えるとともに、その背景に保護法益として「人格的利益」を認めるものである。
【職場での嫌がらせ(松陰学園事件)】 〜東京高裁判決 H5/11/12〜
事実の経緯
Yの設置する高等学校に教員として働くXは、産休を2回取得した。これをYは快く思わず「産休を取ったものは2倍働け」として、Xに到底履行が難しい時間割ボードの書き直しを指示した。履行ができないと「仕事をしなかった」と始末書の提出を求めたが、Xはこれを拒否。また、YはXについての感想文を生徒に書かせるようにXに命じたが、これも拒否をした。
その後Xはクラス担任その他の校務分掌の一切の仕事を外され4年半が経過した。席も一人だけ別室に隔離され、更に5年余の長期にわたり自宅研修が命じられた。
判決の骨子
ボードの書き直しに関して、Xは業務命令に逆らったと評すべきところもなく、また感想文提出命令は、学園における労使紛争に生徒を巻き込むことは不適切であると判断したことも理解できないではない。
Xが二度にわたって産休をとったこと及びその後の態度が気に食わないという多分に感情的なYの嫌悪感に端を発し、執拗とも思える始末書の提出をXに要求し続け、その行為は、業務命令権の濫用として違法、無効であることは明らかであって、Yの責任を重大である。
Xは長年、仕事も与えられず、一日中机に向かっていることを強制され、他の職員とも隔絶され、自宅研修名目で職場からも完全に排除され、賃金も据え置かれ、一時金は一切支給されず、物心両面で重大な不利益を受けてきたものであり、精神的苦痛は甚大であると認められる。
ポイント解説
嫌がらせを目的とした仕事外し、職場の隔離は、通常甘受すべき程度を超えて精神的苦痛を与えるものであり、これにより労働者が被った精神的苦痛は損害賠償により慰謝されるべきという考えを確認するものである。
【思想・信条差別(東京電力(群馬)事件)】 〜前橋地裁判決 H5/8/24〜
事実の経緯
Y社従業員であるXらは、共産党員またはその支持者であることを理由に、資格、職位、賃金などの賃金関係処遇において差別され、共産党を辞めるよう強要された。
Xらは、交友制限等人権侵害を受けたと主張、賃金などの処遇に関する差別に対する財産的損害として、同期の平均的賃金との差額相当額、および精神的苦痛に対する慰謝料として300万円の支払いを求めて、訴えを提起した。
判決の骨子
会社の経営秩序、生産性を阻害するような現実かつ具体的危険が認められない限り、思想・信条の自由を制約する等の行為は許されない。
Xらに対して、不利益な賃金査定を行ったことおよび思想信条の自由を侵す人権侵害行為を行ったことは、公の秩序、善良の風俗に違反し、不法行為に当たる。
Xらの請求のうち、差別賃金相当分の請求に関する部分については認められないが、Y社の思想信条差別のためXらの賃金は、本来受け取るべき賃金額よりも低額であったことが認められ、違法な査定に基づき重大な精神的苦痛を被ったことは明らかである。従って、慰謝料、弁護士費用を認めるのが相当である。
ポイント解説
労働基準法第3条における、従業員の思想、信条の自由を侵すことをしてはならず、これを理由に差別的待遇をしてはならないという趣旨に即して、判断の下された判例である。
【配転(東亜ペイント事件)】 〜最高裁第二小法廷判決 S61/7/14〜
事実の経緯
Y社は、全国に営業所を持つ企業であり、XはY社に入社してから8年間、本社付近での勤務をしてきたが、広島勤務を命じられ、それを拒否。更にその後名古屋勤務の内示にも応じなかった。
Y社は、転勤命令拒否が就業規則懲戒事由に該当するとして、Xを懲戒解雇した。Xは、本件転勤命令および懲戒解雇が無効であるとして訴えを提起。
判決の骨子
Y社の労働協約および就業規則には転勤を命ずることができる旨の定めがあり、従業員の転勤は頻繁に行われる実態があり、またXも入社の際に勤務地を限定する旨の合意が無かった事情の下では、使用者は個別的同意なしに労働者の勤務場所を決定することができる。
ただし、転居を伴う転勤については、業務上の必要性が存在しない場合、又は必要性があっても当該転勤命令型の不当な動機、目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合には、権利の濫用となる。
本件は、家庭生活上の不利益について通常甘受すべき程度であるから権利濫用にはならない。
ポイント解説
本判決にて、就業規則記載といった一定の条件が揃えば配転に個別的同意は必要ない旨を明らかにした。
また、配転命令に関しての権利濫用になる基準についても明確にしている。
【出向(新日本製鉄事件)】 〜最高裁第二小法廷判決 H15/4/18〜
事実の経緯
Y社は、構内輸送業務のうちの鉄道輸送部門をA社に業務委託することに伴い、鉄道輸送部門に従事していたXらに、Y社に籍を置きながらの出向命令が下された。多くの従業員も出向に同意したものの、Xらは出向命令の無効を主張し訴えを提起。
判決の骨子
Xらの入社時および出向命令発令時のYの就業規則および労働協約には、業務上の必要性に応じて社外勤務がありうる旨が定められており、また社外勤務協定にも、社外勤務の定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な定めが設けられていた。
こうした事実を前提とすれば、Y社はXらに対して、その個別的同意なく、Y社の従業員としての地位を維持しながら出向先であるA社においてその指揮監督の下に労務を提供することを命ずる出向命令を発令することができるというべきである。
Y社によるAへの業務委託は経営判断として合理性を欠くものとはいえず、委託される業務に従事していたXらに出向を命じた点も、出向対象者の人選として不当ではない。
本件出向命令によってXらの労務提供先は変わるものの、その従事する業務内容や勤務場所には何ら変更は無く、・・・Xらがその生活関係、労働条件等において著しい不利益を受けるものではなく、権利濫用には当らない。
ポイント解説
本判決にて、就業規則(労働協約)に出向規定が存在し、出向を命じる業務上の必要性や人選基準、労働者の不利益性などで特段の問題が無い場合には、労働者の同意なくして出向を命じることができる旨、明らかにした。
【転籍(三和機材事件)】 〜東京地裁判決 H7/12/25〜
事実の経緯
Y社は、和議手続き下での会社再建策として営業部門を新会社として独立あせ、Xら営業部門従業員全員に転籍を内示した。これに対してXは転籍を拒否したために、Y社はXを就業規則に基づき懲戒解雇した。Xは転籍命令および懲戒解雇の無効を主張して訴えを提起。Y社は、新会社は法人格は別ではあるが、労働条件等に差異はなく、実質的に同一の会社と相違ないとして、本件転籍は配転と同じ法理にもとづき、包括的人事権に基づき命じることができると主張していた。
判決の骨子
本件における転籍命令は、XとY社間の労働契約関係を終了させ、新たに新会社との間に労働契約関係を設定するものであるから、いかにYの再建のために業務上必要であるからといっても、特段の事情が無い限り、Xの意思に反してその効力が生ずる理由にはならない。
Xの同意があってはじめて本件転籍命令の効力が生ずるものというべきである。右同意をえないでしたY社の本件転籍出向命令は無効というほかない。
ポイント解説
以下の点が明確にされた。
転籍とは現在雇用されている企業と労働契約関係を終了させ、他企業との間に新たに労働契約関係を設定させるものである。
転籍は労働者の同意が必要とされる。
なお、転籍には事前の包括的同意は基本的には認められないが、採用の際に転籍について説明を受けた上で明確な同意がなされた場合、その包括的同意で足りるという別の判例もある。