劉邦の人事術

中国の歴史を覘いてみたい。史記である。漢の高祖、劉邦は中国史上最も有名な人物のひとりであるが、評価としてはスカッとした大英雄という印象とは異なる。そういった意味での英雄はどちらかといえば劉邦のライバル項羽の方であり、劉邦は腹のそこが見えない恐ろしい人物という印象を持った人物だ。日本史でいえば、項羽が織田信長、劉邦が徳川家康といったところか。家康も腹黒い印象があるので、かなり共通点があろう。

腹黒いという表現をするとダーティなイメージに終始してしまうが、換言すれば複雑な思考能力の持ち主ということができるかもしれない。人の心理を読み取り、それを踏まえて人に働きかけていきながら緻密に行動していく。そうした複雑系の行動パターンは、項羽や信長には見当たらない。劉邦のそうした能力は組織の力をパワーアップすることができた。個人の力でいえば項羽の足元にも及ばないといわれる劉邦が、項羽を打ち破ることができたのはまさにそうした組織作り、人事術の賜物ということができよう。

劉邦は、自分の有した最大の能力は、「部下を上手に使う」ことだと理解していた。優れた組織に必要な3つの機能には、戦略構築役(参謀)、内部調整役、実行指揮役があり、劉邦にはそれぞれの機能に秀でた部下がいた。つまり、参謀の張良、内部調整の蕭何、そして実行部隊長の韓信である。劉邦はそれぞれの機能を司るこれらの部下たちのもつ専門能力は持ち合わせていないもののそれを束ねて使いこなす力量が人より優れていた。つまり優れた能力の持ち主に仕事を任せることができたわけである。その任せ方に際しての人心掌握が上手だったのであろう。項羽にはそれができなかった。彼は自分が優れていたからこそ、すべて自分でやろうとした。そこに限界があった。

この劉邦の人事術は、今日の企業経営にもそのまま当てはめて考えることができる。ある意味マネジメントの真髄といえるだろう。