経営組織における分化と統合は永遠のテーマだ。分化、すなわち分権化(ローカリゼーション)と、統合すなわち集権化(セントラリゼーション)は、どちらも必要なことである。この問題に関していち早く課題提起したのがローレンス&ローシュの「コンティンジェンシー理論」である。コンティンジェンシーとは状況に応じて対応方法を変えるということであるが、この理論は端的にいえば、「環境が複雑な状況では分化が有利、環境が安定している状況では統合が有利となる」ということを言っている。感覚的には良くわかる。環境変化が激しいと、現場に近いところでスピーディに対応することが求められる。状況を把握できていない中央からの指令は、時に害になることもある。ただ一方で、この状態を続けているとローカル組織はセルフジャッジの施策を乱発していき組織全体の効率が悪化してしまう。ということで、常に状況を見ながら、今の企業のコンディションや環境からみて、分権をとるのか、それとも集権とするのかを常に検討するべきというものだ。
一般的に言えば、創業期からしばらくはトップ(中央)の強いリーダーシップにより、中央集権的な体制をとることが自然だと思うが、その後、業容と組織が拡大していくに伴い、集権体制では限界がくるので、組織を分化して権限をローカル組織に委譲していき、規模にあった体制に変容していく。しかし、ローカル組織が効率の悪い動き方をするなどの歪みがでてきたところで、改めて集権化に舵を切る。多くの大企業では、こんなプロセスを経てきているのだと思う。
こうしたプロセスを経て、発展をしていき、より大きな組織規模にて、より複雑な環境への対応をするために、ローカル組織の自立性を損なわない一方で、全組織の統合部門がより高い影響力を行使しながら、集権と分権のバランスをとっていくことが「コンティンジェンシー理論」の最終的な狙いだ。
このプロセスをうまく踏めなかった事例がある。それは日本の軍隊だ。明治維新で最初に創出された段階の軍隊では、兵部省が陸海軍を統括し陸軍は海軍の上位組織とされていた。参謀本部(当初は参謀局)についても、陸海軍両者に対して軍令を出しており、海軍の軍政、軍令に関しては未成熟となっていた。
その後、まず兵部省は陸軍省、海軍省に分離していき、軍政が分けられた。そして、明治維新から四半世紀が経とうとする明治26年になって、やっと海軍の軍令部が参謀本部から独立していく。明治26年というのは、日清戦争開戦の1年前のことである。この先、海軍のパワーアップが図られていき、日清戦争・日露戦争の勝利につながっていく。ここまでは良かった日本の陸・海軍だが、その後、両者には組織の大きな壁を作っていき、昭和の「15年戦争」では、両者は逆機能としてバラバラな動きをしていき、大きな敗因となっていく。これは、コンティンジェンシー理論でいうところの、再集権する統合部門が見当たらなかったことによるものである。戦後の、自衛隊では統合幕僚組織が設けられたのは、これらの反省に伴うところのものだ。
ただ、たしかにべき論では、再集権機能を的確に設けることなのだが、これはなかなかハードルが高いように感じるところでもある。筆者は百貨店に勤務していた際、これは常在の課題だった。百貨店は他の小売業態と比べて、一店舗の規模が大きいため、少なくとも筆者がいたころには、基本的に分権化された組織構造であった。全国展開のため地域のニーズも異なるわけで、ローカル組織としての各店舗に強い権限が置かれている。一方、量販店、その他、チェーンオペレーションをする業態は、基本は集権組織なので、効率的な経営が可能となる。自分自身、サラリーマン時代には、より集権的に組織を変更するべきと考えていたが、様々な理由(一番は品数の多さ)で、スムーズな集権はままならなかった。(ちなみにこの点、今日的にはだいぶ改善されたとは思っている。)
再集権のための組織の統合部門は、業種や企業の特性により、方法もスタイルも違ってくるので、これといった処方箋はない。これをどうするか真剣に考えることは、一定の規模を有した企業では、経営の最重要検討課題であると捉えるものである。



