菅義偉首相は、安倍政権時代には評価の高い部類の官房長官であったということは概ねのコンセンサスではないだろうか。一般的には安倍内閣が長期政権となった立役者の一人とされている。ところが総理大臣になってからというものの、評価は日に日に落ちていき、支持率も終盤には20%台になり、自ら次期の出馬を断念せざるを得なくなった。同様のことは、十数年前の福田康夫元首相にも当てはまる。小泉内閣の名官房長官として名を馳せたが、やはり総理大臣としての評判は芳しからずで、最後は投げ出す形で退陣した。菅・福田両内閣とも1年程度の短命に終わっている。
この二人の実績をみていくと、官房長官と総理大臣では求められる能力が異なるということが理解できる。一般的にみて官房長官は内閣(=行政)のマネジメントの要となる役職であり、政権の方向性に従い、閣僚や官僚に的確に指示を出していくことがそのミッションの中心であるのに対して、総理大臣に強く期待すべきものは、将来に向けてビジョンを明確にしていき、それに向けて号令をかけていくものだ。これは民間企業の社長と部長クラスの間でも同じことが言える。
この「総理大臣(社長)」と「官房長官(部長)」の役割・求められる能力の違いを分かりやすく説いたのが、ハーバード大学のジョン・コッターだ。コッターは、上に立つ者の能力として、マネジメントとリーダーシップは異なるものだということを唱えた。
コッターによれば、「リーダーシップ」は変革を実現する能力であり、構成員の心の統合を促す力が求められる。一方で「マネジメント」は、既存システムの中でロジカルに実行計画を立案した上で組織化を促し、課題を達成させていく能力を必要とする。もちろん、リーダーシップもマネジメントも、どちらの方が重要というものではない。組織を動かしていくにはどちらもとても大切である。
ただし、環境が目まぐるしく変化し、常に変革が求められる現代社会においては、リーダーシップ力が従来以上に求められるようになってきているのは間違いないことだ。今日の日本では、様々な政治課題で待ったなしの変革が求められていることに疑念を抱く者はないだろう。官房長官としてのマネジメントも当然大切だが、やはり首相の強いリーダーシップを望む声が高まるのは当然のことだろう。菅さんも福田さんも、そのあたりを踏まえると「マネジメントは良かったが、リーダーシップはちょっとね」ということだったように思われる。
そしてこのことをそのまま現代の民間企業に当てはめて考えてみれば、社長に変革型リーダーシップが必要となることは容易に想像できるだろう。企業組織では、管理職、経営職でのマネジメント力が現在進行形としての企業運営に強い影響を及ぼすのは間違いないことだが、変革の必要な経営課題が目白押しとなっている中、トップである社長に関して言えば、むしろマネジメント力ではなく(それもあるに越したことはないが)リーダーシップ力を発揮できる否かが、その会社の将来の命運に直結することになる。マネジメントとリーダーシップを一緒くたにしている世の社長は大変多いと思われるが、是非そこのところを意識してもらいたい。